DEATH NOTE モノクロ版 実写化された漫画 2023.08.24 そこは天国か地獄か…。遂に対峙する事になった月とニアは最終決着の日を迎える!二人がそれぞれ講じた策とは一体、如何なるものなのか。今、DEATH NOTEを巡りし戦いに、最後の審判が下される! レビューを見る 購入・お申し込みはこちら
DEATH NOTE (12) (ジャンプ・コミックス) 何度も何度も読み返した、私の大好きなマンガの一つ。 名前を書かれた者は死ぬ、というノートを巡る頭脳戦。 それなのに読者を飽きさせないダイナミックな展開。 そして、正義とは何なのかというメッセージ性。 まさに名作だと思います。
DEATH NOTE (12) (ジャンプ・コミックス) どきどきの最終巻です。泣けます。最後の女性が誰か、というのは議論されるところですね。映画とはまた違ったラストなので、映画を見た!という方も読まれることをお薦めします。
DEATH NOTE (12) (ジャンプ・コミックス) 連載時に第一部だけ読んでいたのを、レンタルして12巻イッキ読み。 キラと追うものの駆け引きが面白い。 でも、登場人物たちの魅力的な容姿と、漫画としての作画力がなかったら、陳腐に感じたかも。 とくに、二部で話が大きくなったら、ライトが役者不足に見えた。 最後がああなのは、映画「汚れた顔の天使」と同じ理由なのだろうと思うけど、後味よくない ^^;
DEATH NOTE (12) (ジャンプ・コミックス) 久しぶりに再読した。けれども、最後の4巻のみ。これだけでも2晩まるまる使った。それだけ大葉つぐみの原作は緻密を極めていたということだ。金子修介監督の「デスノート前後編」は、エルが亡くなるまでを描き、夜神月(キラ)の父親・総一郎に「(キラによる粛清は)正義ではない、ただの人殺しだ」と指摘させることで見事に原作後半のエッセンスを取り出した。しかしマンガはエルがキラに敗れた後を第二部として描いた。夜神総一郎は勘違いしたまま死んでしまう。夜神月がキラとはバレないで粛清を続ける展開が続いてゆく。そしてラスト、エルの弟分とも言えるニアとメロにより、冷静さと行動力によって、僅かにキラを超える展開になる。そこまでしないと夜神月(やがみらいと)を超えることが出来なかったということは、デスノートそのものが如何に究極の殺人兵器だったか、ということを逆に証明している。名前を書くだけで、人を殺せるだけでなく、死ぬまでの人の行動を操れる、という意味では、デスノートの所有者さえ隠せば、もう万能兵器だったろう。反対に言えば、よくもニアやメロはデスノートに勝てたのだ。 「DEATH NOTE」は、平成時代の前半を飾る少年漫画のエポックだった。正義のためならば、人を殺してもいいのか?という謂わば昔ながらの哲学的問いに真正面から答えた作品だった。少年漫画はここまで来た。そして「進撃の巨人」で次の階段を上がるだろう。
コメント
DEATH NOTE (12) (ジャンプ・コミックス)
名前を書かれた者は死ぬ、というノートを巡る頭脳戦。
それなのに読者を飽きさせないダイナミックな展開。
そして、正義とは何なのかというメッセージ性。
まさに名作だと思います。
DEATH NOTE (12) (ジャンプ・コミックス)
泣けます。
最後の女性が誰か、というのは議論されるところですね。
映画とはまた違ったラストなので、映画を見た!
という方も読まれることをお薦めします。
DEATH NOTE (12) (ジャンプ・コミックス)
キラと追うものの駆け引きが面白い。
でも、登場人物たちの魅力的な容姿と、漫画としての作画力がなかったら、陳腐に感じたかも。
とくに、二部で話が大きくなったら、ライトが役者不足に見えた。
最後がああなのは、映画「汚れた顔の天使」と同じ理由なのだろうと思うけど、後味よくない ^^;
DEATH NOTE (12) (ジャンプ・コミックス)
全巻買わないと話についていけないだろう作品。
その分、話にのめりこませていただきました。
DEATH NOTE (12) (ジャンプ・コミックス)
けれども、最後の4巻のみ。
これだけでも2晩まるまる使った。
それだけ大葉つぐみの原作は緻密を極めていたということだ。
金子修介監督の「デスノート前後編」は、エルが亡くなるまでを描き、夜神月(キラ)の父親・総一郎に「(キラによる粛清は)正義ではない、ただの人殺しだ」と指摘させることで見事に原作後半のエッセンスを取り出した。
しかしマンガはエルがキラに敗れた後を第二部として描いた。
夜神総一郎は勘違いしたまま死んでしまう。
夜神月がキラとはバレないで粛清を続ける展開が続いてゆく。
そしてラスト、エルの弟分とも言えるニアとメロにより、冷静さと行動力によって、僅かにキラを超える展開になる。
そこまでしないと夜神月(やがみらいと)を超えることが出来なかったということは、デスノートそのものが如何に究極の殺人兵器だったか、ということを逆に証明している。
名前を書くだけで、人を殺せるだけでなく、死ぬまでの人の行動を操れる、という意味では、デスノートの所有者さえ隠せば、もう万能兵器だったろう。
反対に言えば、よくもニアやメロはデスノートに勝てたのだ。
「DEATH NOTE」は、平成時代の前半を飾る少年漫画のエポックだった。
正義のためならば、人を殺してもいいのか?という謂わば昔ながらの哲学的問いに真正面から答えた作品だった。
少年漫画はここまで来た。
そして「進撃の巨人」で次の階段を上がるだろう。